大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)1534号 判決 1984年4月27日
昭和五七年(ネ)第一五三一号被控訴人
同年(ネ)第一五三四号控訴人
(第一審原告)
藪西美代子
同
(第一審原告)
藪西慶治
同
(第一審原告)
藪西繁
同
(第一審原告)
藪西善美
以上四名訴訟代理人
藤井勲
昭和五七年(ネ)第一五三一号控訴人
同年(ネ)第一五三四号被控訴人
(第一審被告)
安田火災海上保険株式会社
右代表者
宮武康夫
右訴訟代理人
藤巻一雄
南逸郎
主文
一 第一審被告の控訴並びに第一審原告藪西美代子、同藪西繁、同藪西善美の当審における予備的請求に基づき、原判決中第一審原告三名関係部分を次のとおり変更する。
1 第一審被告は、第一審原告藪西美代子に対し金四四四万〇五四二円を、同藪西繁、同藪西善美に対しそれぞれ金一四九万〇一八一円、及び右各金員に対する昭和五五年八月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 第一審原告藪西美代子、同藪西繁、同善美のその余の請求は、当審における予備的請求を含めていずれも棄却する。
二 第一審被告の控訴に基づき、原判決中第一審原告藪西慶治関係部分を取消す。
同第一審原告の請求は、当審における予備的請求を含めていずれも棄却する。
三 第一審原告らの本件各控訴を棄却する。
四 訴訟費用中、第一審原告藪西美代子、同藪西繁、同藪西善美と第一審被告との間に生じたものは第一、二審を通じこれを五分し、その二を右第一審原告らの、その余は第一審被告の各負担とし、第一審原告藪西慶治と第一審被告との間に生じたものは第一、二審とも同第一審原告の負担とする。
四 この判決中、一の1は仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一本件事故の発生
亡勉が昭和五一年一〇月一七日第一審原告慶治の運転する本件自動車(軽四輪貨物自動車)の荷台に同乗中、三木市志染町窟屋七三六番地先路上で、同原告が運転を誤り本件自動車を脱輪、横転させたこと、そのため亡勉が負傷したことは、当事者間に争いがない。
二亡勉の負傷内容及び後遺障害
<証拠>を総合すれば、亡勉は本件事故により、第六、第七頸椎脱白骨折、頸髄損傷、右大腿骨骨折等の傷害を受け、右治療のため昭和五一年一〇月一七日から同年一一月一五日まで三木市立三木市民病院に、同日から昭和五四年八月四日まで高原整形外科医院にそれぞれ入院し、同五四年八月五日から同五五年六月三〇日までのうち計三一日間同医院に通院して治療を受けたこと、症状は同五五年七月五日固定し、膀胱直腸障害(前記頸椎脱臼骨折及び頸髄損傷に起因するものと解される)による尿及び大便の常時漏出があつて常時介護を要し、右上肢及び両下肢が痙直性麻痺により全廃するなどの後遺障害(自賠法施行令二条後遺傷害別等級第一級相当)が残つたことが認められ、これに反する証拠はない。
三自賠責保険契約の締結
第一審原告慶治が第一審被告との間で本件自動車につき、保険期間を昭和五〇年一二月九日から同五二年一二月九日までとする自賠責保険契約を締結していたことは、当事者間に争いがない。
四亡勉の他人性
自賠法三条により自動車保有者が損害賠償責任を負うのは、その自動車の運行によつて「他人」の生命又は身体を害したときであり、そこにいう「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうのであるが、ただ例外的に、当該自動車に複数の運行供用者が存在し、その中のある者が被害を受けた場合、右被害を受けた運行供用者の具体的運行に対する支配の程度、態様が、賠償義務者とされた他の運行供用者のそれに比し、間接的、潜在的、抽象的であるときには、直接的な運行供用者ないし保険会社に対する関係では、他人性を阻却されることがなく、同条による「他人」であることを主張し得るものと解すべきである。
これを本件についてみるに、<証拠>を総合すれば、(一) 亡勉と第一審原告慶治とは本件事故当時同居していた親子であること、(二) 亡勉は、昭和五〇年一〇月ごろ第一審原告慶治(昭和三一年四月二四日生、当時一九歳)が中古の本件自動車を代金一七万円で他から購入した際、その購入先に対して右代金全額一時に支払つていること、(三) 亡勉は本件自動車の自動車税、保険料、車検費用、ガソリン代等の一部を拠出していたこと、(四) 第一審原告慶治は、農繁期の休日には、本件自動車を運転して農業経営者である亡勉の農作業を手伝つており、その回数は一、二回にとどまらず、ある程度の回数に及んでいること、(五) 本件事故も、第一審原告慶治が亡勉の指示により稲杭(刈取つた稲を乾燥させるための杭)を本件自動車に積んで田に運んだ後、自宅へ帰るため、訴外勉を本件自動車の後部荷台に乗せて運転中に発生したものであることが認められ、以上認定事実によれば、亡勉は本件自動車の運行についてある程度支配力を有し、かつその運行により農業経営のための利益を享受していたものというべきである。したがつて、同人は本件自動車の運行供用者の一人であるということができる。
しかし、一方、前掲各証拠によれば、① 本件自動車は、購入当時電子専門学校の学生であつた第一審原告慶治の自宅からもよりの駅までの通学及び同原告の個人的な用途に使用するため購入したものであること(本件自動車は軽四輪自動車で業務用向きであるが、普通乗用車よりも安価であつたので、同原告は上記目的使用のため購入した)、(2) 同原告は、本件自動車購入後、アルバイトによつて得た収入から亡勉に対し前記購入代金の返済をしていること、(3)本件自動車の登録名義及び自賠責保険契約はいずれも第一審原告慶治の名義でなされていること、(4) 本件自動車の自動車税、保険料は亡勉が支払をしているものの、同原告が後に亡勉に返済していること、(5) 第一審原告らの家庭では、本件事故当時まで普通運転免許を有していたのは第一審原告慶治だけであり、したがつて、同原告が専ら本件自動車を運転していたこと、(6) 亡勉は普通運転免許を必要としない農作業用テーラーを使用していたこと、(7) 同原告は、本件事故の直前ごろ本件自動車とは別個に普通自動車を購入しているが、駅付近における駐車の便利上、その後も通学に本件自動車を主として用いていたこと、(8)右(5)記載のとおり亡勉は自動車運転免許を取得していないため、本件自動車を自己の農作業に使用するときには必ず第一審原告慶治にその運転を委ねており、本件自動車に対する運行支配は同原告に対する指示を通じてなされていたに過ぎなかつたこと、(9) 本件事故当時も、前記のとおり、同原告が本件自動車を運転し、亡勉は運転台とは仕切られた後部荷台に同乗中惹起したものであること、(10) なお、本件事故当時同原告は二〇歳に達していたこと、以上の諸事実が認められ、右(1)ないし(10)の認定事実を総合すれば、第一審原告慶治も本件自動車の運行供用者であることが明らかである。
そして、亡勉と同原告との運行支配に関する叙上事実関係を考察した場合には、亡勉の運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、同原告のそれは、より直接的、顕在的、具体的であるから、亡勉は第一審被告に対し、自賠法三条の「他人」であることを主張できるものというべきである。
第一審被告援用の最高裁判所第二小法廷昭和五七年一一月二六日判決(民集三六巻一一号二三一八頁)は、運転免許を有する被害者が自己所有の自動車の運転を友人に委ねて同乗中、友人の惹起した事故により死亡したという事案であつて、右被害者は、同乗中いつでも右友人に対し運転の交替を命じ、あるいは、その運転につき具体的に指示することができる立場にあつたものである。これに対し、本件は、自動車の運転免許を有さず、また、自動車の実質的な所有者でもない亡勉が、成人である第一審原告慶治の運転する本件自動車の後部荷台に同乗中、同原告の惹起した事故により受傷したという事案であつて、亡勉は同乗中いつでも同原告に対し運転の交替を命じたり、運転につき具体的な指示をすることのできる立場、状況にあつたものではない。したがつて、右最高裁判決は本件事案とは事例を異にし、本件に適切ではない。
五傷害、後遺障害による損害賠償請求権と消滅時効
第一審被告主張の右損害賠償請求権消滅時効に関する当裁判所の判断は、原判決一七枚目表一行目から同一八枚目表四行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。
これを要するに、後遣障害による損害賠償請求権については時効消滅していないが、その余の傷害部分の損害賠償請求権については時効により消滅したというべきである。
なお、死亡による損害賠償請求権と消滅時効については、便宜後記六の2死亡による損害の項で判断する。
六損害
1 後遺障害による損害
(一) その逸失利益
(1) <証拠>を総合すれば、亡勉は、昭和二年一二月一六日生出し(本件事故当時四八歳)、職業として農業(経営土地面積田約一町―約一ヘクタール)のほか訴外渋谷建設株式会社の現場関係の作業員をしていたこと、右農業については、亡勉のほか第一審原告美代子も共同して従事し、第一審原告慶治もこれを手伝つていたことが認められる。
しかるところ、第一審原告らは、亡勉の本件事故当時の年収を昭和五一年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計による男子労働者の年間給与額及び年間賞与額(合計三一八万五二〇〇円)によるべきであると主張するが、亡勉は前記認定のとおり半農家であるから、同人の収入を右統計から推認することは相当ではない。
総理府統計局編第二八回日本統計年鑑昭和五三年度版によると、同五一年度近畿地方における農家経済の平均は一戸当り、世帯人数4.52、経営土地面積65.6アール、農業粗収益一五三万六二〇〇円、農業経営費七二万九七〇〇円(したがつて、農業純収益八〇万六五〇〇円)とされており、亡勉の農業純収益を、その経営土地面積を一ヘクタールと換算した場合、一二二万九四二一円となる。そして、亡勉の農業経営は前認定のとおり第一審原告美代子、同慶治が手伝つていたのであるから、亡勉の右農業収益一二二万九四二一円に対する寄与率は六割と解されるから、その寄与額を算出すれば、七三万七六五三円となる。
次に、亡勉の前記建設会社現場作業員の年収については、昭和五一年賃金センサス第一巻第一表の建設業、生産労働者(男)、四五ないし四九歳、企業規模計、学歴計の給与年額は一九一万四八〇〇円であるところ、右給与額は従業員が一年間の全期間を普通に稼働した場合の収入であり、亡勉の場合には、一町歩の田を経営する半農家であり、かつ、農繁期においては現場作業員の仕事に従事できなかつたのであるから、亡勉の前記作業員としての年収は、右給与年額一九一万四八〇〇円からその五割を減じた九五万七四〇〇円をもつて相当と認める。
そうすると、亡勉の本件事故当時における年収は控え目にみて、前記農業収益寄与額七三万七六五三円に現場作業員収入九五万七四〇〇円を加えた一六九万五〇五三円と推認するのが相当である。
(2) 亡勉の後遺障害は前記二に記載のとおりであつて、それによれば、同人の労働能力は全く失われたものと認めるのが相当である。
(3) <証拠>によれば、昭和五五年七月九日亡勉の後遺障害につき症状固定の診断がなされた事実が認められ、また、同人が同五六年六月一二日死亡したことは当事者間に争いがない。
したがつて、亡勉は、本件事故により昭和五五年七月一〇日から同五六年六月一一日までの三三七日間労働能力を全く喪失したものというべきである。
第一審原告らは、亡勉の前記死亡は本件事故と因果関係があるから、亡勉の後遺障害による逸失利益は、症状固定時を基準に算定したものをそのまま適用するのが公平であると主張する。
しかし、第一審原告らの右主張は、亡勉が同五六年六月一二日死亡したという現実を無視するものであつて、相当ではない。たとえ、亡勉の前記死亡が本件事故と因果関係があつたとしても、もともと後遺障害による逸失利益は、症状固定後残された後遺症により労働能力喪失期間までの被害者の失つた収入又は稼働能力であるから、症状固定時に予測されていた右労働能力喪失期間よりも短い期間に被害者が死亡した場合、右労働能力喪失期間がそれだけ短縮されるのは当然の理である。したがつて本件の場合、亡勉の後遺障害による逸失利益は後遺症状固定時から死亡日時までの労働能力喪失期間に限られ、死亡後のものについては死亡による逸失利益によるべきである。
なお、後遺障害による逸失利益を理由とする損害賠償請求と死亡による逸失利益を理由とする損害賠償請求とは、被侵害利益を異にするから、同一の原因事実に基づく場合であつても、右各請求の間には同一性がないと解するのが相当である(母の身体侵害を理由とする子の慰謝料請求と、右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰謝料請求とは同一性がないと判示する最高裁判所第一小法廷昭和四三年四月一一日判決、民集二二巻四号八六二頁参照)。
しかるところ、亡勉の後遺障害による逸失利益額は、同人の前記(一)の収入額と前記三三七日の労働能力喪失期間を基準に計算すれば一五六万五〇二二円となる(上記期間は第一審原告の主張する遅延損害金算定始期の前後にまたがる一年未満の期間であるから、中間利息を控除しない)。
(二) 同付添看護料
前記認定の後遺障害の内容及び程度に照せば、亡勉に付添看護を要したことが明らかであり、その付添看護料は一日二〇〇〇円が相当であるから、これに前記症状固定日から死亡日までの三三七日を乗ずれば、六七万四〇〇〇円となる。
(三) 好意同乗等による減額
亡勉が本件自動車に同乗するに至つた経緯、特に同人も本件自動車につき運行供与者の一人であつたこと及び同人は加害者である第一審原告慶治の父親であつたことは前記四に認定したとおりであるから、信義則上右同乗の経緯を斟酌し、前記(一)の逸失利益額、(二)の付添看護料の各四割を減ずるのが相当である。
そうすると、前記(一)の逸失利益額及び(二)の付添看護料の損害合計金二二三万九〇二二円は右四割の減額によつて一三四万三四一三円(円以下四捨五入、以下同じ)となる。
(四) その慰謝料
諸般の事情を考慮して五〇万円をもつて相当と認める。
2 死亡による損害
(一) 亡勉の死亡と本件事故との因果関係
<証拠>を総合すれば、(イ) 亡勉は、前記のとおり、昭和五六年六月一二日死亡したものであるが、その死因は肝障害、賢障害による消化管出血及び敗血症、褥創、背損の合併症によるものであること(死亡場所は前記三木市民病院)、(ロ) 神戸大学医学部病理学教室医師渡辺らは同日亡勉の死体を解剖検診し、その結果、前記消化管出血は偽膜的小腸結腸炎によるもの、前記敗血症は炎症を起した床ずれによるものと報告していること、(ハ)右偽膜的小腸結腸炎を生じた原因は不明であるが、右のような床ずれは、亡勉が前記後遺障害(両下肢の痙直性麻痺による運動障害等)のため下半身が麻痺し、床に寝たきりとなつて、全く体を動かすことができず、それに伴い食欲を喪失して栄養失調をきたし、全身衰弱、貧血、骸痩状態になつていた関係から重症なものに発展していたこと、(ニ) そして、炎症を伴つた床ずれのために、亡勉の血管やリンパ管に化膿菌が入り易くなり、重篤な敗血症に罹患したものであること(前記三木市民病院は亡勉の入院中同人に対し抗生物質を投与していたため、敗血症の原因菌は不明である)、(ホ) 亡勉の前記後遺障害のもとにおいては、炎症に伴う床ずれとなり、更に、その結果敗血症を起すことは通常みられる症状であること、以上の事実が認められ、右(イ)ないし(ホ)の認定事実によれば、亡勉の前記死亡は本件事故と因果関係があるものというべきである。
(二) その損害賠償請求権と消滅時効
(1) 被害者の保険会社に対する自動車損害賠償請求権は自賠法一九条により二年の消滅時効にかかり、その起算点は被害者が損害を知つた時というべきである(民法七二四条)。
これを本件についてみるに、第一番原告らは、亡勉の死亡により同人の逸失利益及び慰謝料、第一審原告ら固有の慰謝料等の損害を被つたと主張するところ、前項(一)認定の本件事故後亡勉死亡に至るまでの経緯及び甲第八号証、弁論の全趣旨によれば、第一審原告らは、亡勉が昭和五六年六月一二日死亡した時、本件事故による右損害の発生を知つたものと推認されるから、同損害賠償請求権の消滅時効は亡勉の右死亡時点から進行するものといわなければならない。
これに反する第一審原告らの主張は採用しない。
(2) 次に同原告ら主張の時効中断について判断する。
一件記録によれば、(イ)亡勉訴訟代理人は昭和五五年一一月一四日本訴を提起し、その請求原因において、亡勉は本件事故により症状固定時同年七月九日から就労可能年数一五年までの後遺障害による逸失利益及び慰謝料等の損害を被つたと主張していたこと、(ロ) 亡勉は、前記のとおり同五六年六月一二日死亡したこと、(ハ) 第一審原告ら訴訟代理人は同年七月二〇日亡勉の訴訟手続受継の申立をし、同年一〇月一六日亡勉の請求金額を第一審原告ら各自の相続分に応じた額に変更したが、請求原因については前記主張を維持していたこと、(ニ) 原審は同五七年四月一二日、亡勉の後遺障害に損害のうち、生前のものはこれを認めたが、死亡後の分については、同人の死亡が本件事故に起因するものと認むべき証拠はないと説示(原判決一八枚目裏一〇行目から同一一行目まで)したうえ、第一審原告らの請求を一部棄却する旨の判決言渡しをしたこと、(ホ) 当事者双方は控訴し、第一審原告らは、同五七年一〇月二六日提出の準備書面において、原審が亡勉の死亡後における損害を認めなかつたのは不当であり、亡勉の死亡は本件事故に起因するものであると主張し、さらに同五八年九月一六日提出の準備書面において、前記のとおり亡勉の死亡による逸失利益及び慰謝料、第一審原告ら固有の慰謝料を請求したこと、(ヘ) 第一審被告は同五九年二月二八日提出の準備書面で右損害賠償請求権につき前記消滅時効を主張したことが認められる。
以上認定の第一審原告らの原審、当審の請求原因、本件訴訟の経緯、とくに、同原告らは亡勉の訴訟手続受継後も同人の就労可能年数一五年までの後遺障害による逸失利益、慰謝料の損害を主張していたものであり、その損害は同人死亡による逸失利益、慰謝料とほとんど重なり合うものであるという事実にかんがみると、両者の損害は、前記のとおり訴訟物を異にするものの、消滅時効の関係ではその権利主張の内容において同一性があるものということができる。そうすると、同原告らは当審における昭和五八年九月一六日提出の準備書面において亡勉死亡による逸失利益、慰謝料の新請求をしたものではあるが、その権利主張はおそくともそれ以前の同五七年一〇月二六日提出の準備書面においてなされていたものとみなすべく、亡勉死亡時から進行していた右損害賠償請求権の消滅時効の期間については、未だ二年を経過していない同五七年一〇月二六日の時点において中断効が生じているものと認めるのが相当である。
しかし、同原告ら主張の亡勉死亡による固有の慰謝料損害賠償請求権については、それは前記昭和五八年九月一六日提出の準備書面において初めて主張され、かつ亡勉が死亡してから二年経過後になされた新請求であつて、しかも、亡勉の前記逸失利益、慰謝料損害請求権と同一性がないから、消滅時効により消滅しているものというべきである。
(三) その逸失利益額
亡勉の本件事故当時における年収は前1(一)の(1)記載のとおり一六九万五〇五三円であり、この収入額から同人の生活費の三五パーセントを控除した額に死亡時の年齢五三歳から労働可能期間であることが当裁判所に顕著である六七歳までの一四年間に対応する新ホフマン係数10.409を乗じて算出すれば、亡勉の死亡による逸失利益は一一四六万八四七三円となる。
1,695,053×(1−0.35)×10,409=11,468,473
(四) 好意同乗等による減額
前記1の(三)と同一の理由により、同乗の経緯等を斟酌し、前項記載の逸失利益額について四割を減ずるのが相当である。
そうすると、右逸失利益額は六八八万一〇八四円となる。
(五) その慰謝料
亡勉の慰謝料は一〇〇万円をもつて相当と認める。
七損害賠償請求権の承継等
1 自賠責保険の直接請求
<証拠>によれば、亡勉は本件事故について昭和五五年八月一三日第一審被告に対し、自賠法一六条に基づき損害賠償金の支払請求をしたことが認められる。
2 損害賠償請求権の承継
亡勉の法定相続人は妻である第一審原告藪西美代子、子である同慶治、同繁、同善美であることは当事者間に争いがない。民法(昭和五五年法律第五一号による改正後の)九〇〇条に則つた右原告らの法定相続分は、右美代子が二分の一、その余の原告らが各六分の一である。
3 混同
第一審原告らのうち、同慶治は前記一のとおり本件事故の加害者であつて、亡勉に対し本件事故による損害賠償義務を負担しているものであるところ、同原告は前記相続によつて、亡勉の本件事故による損害賠償請求権を取得したのであるから、民法五二〇条に規定する混同によつて、右損害賠償請求権は消滅したものといわなければならない。
第一審原告らは、本件のように、一旦自賠法上の請求権が発生した後に相続が開始したような場合には、民法五二〇条但書の趣旨により混同は生じないものと解すべきであると主張する。
しかし、自賠法一一条以下に規定する保険規定は、同法三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した場合において、これによる保有者の損害賠償責任を保険会社が填補することによつて、被害者に対する損害賠償を補償し、その保護を図るものである。そして、保険会社の被害者に対する右損害賠償填補債務と加害者(被保険者)の被害者に対する損害賠償債務とは、いずれも加害者の惹起した損害事故を原因とし、被害者に生じた損害を賠償するという点で共通性を有し、両者は連帯債務に準ずべき強い牽連関係にあるものというべきである。したがつて、被害者が保険会社に対し、右損害賠償請求の填補を求めた後死亡し、その相続人が加害者であつた場合には、右加害者が相続取得した前記損害賠償請求権は前記混同により消滅するものと解すべきである。これに反して、右損害賠償請求権を存続させるべき法律上の必要性は存在しないし、右存続を認めることは、自賠責保険手続の前後によつて地位に変ることがない加害者に損害賠償請求権の行使を許すこととなつて、社会通念上著しく不合理である。それゆえ、本件の場合に民法五二〇条但書を適用又は準用すべきではない。第一審原告らの前記主張は理由がない。
4 自賠法一六条による制限
第一審被告は自賠責保険の保険会社として自賠法一六条により保険金額の限度においてのみ責任を負うべきところ、亡勉の死亡は本件事故と因果関係があることは前判断のとおりであるから、その保険金額は同法一三条、同法施行令(昭和五三年政令第二六一号による改正前)二条一項一号(死亡した者)により定めるべきものと解される。同号によれば、保険金額は、傷害に至るまでの傷害による損害につき一〇〇万円、それ以外の死亡による損害につき一五〇〇万円と定められているから、前示六1の死亡までの損害は一〇〇万円の限度でのみ第一審被告において支払う義務を負うことになる。
5 認容できる第一審原告美代子、同繁、同善美の損害賠償請求額
以上の判断によれば、右第一審原告らの損害賠償請求認容額は次のとおりとなる。
第一審原告美代子については
(一) 前六の1の(三)、(四)記載(亡勉の後遺障害による逸失利益及び付添看護料、慰謝料)合計一八四万三四一三円のうち一〇〇万円に対する相続(法定相続分二分の一)による取得分五〇万円
(二) 前六の2の(四)、(五)記載(亡勉の死亡による逸失利益、慰謝料)合計七八八万一〇八四円に対する右相続による取得分三九四万〇五四二円
以上合計四四四万〇五四二円(なお、右(一)、(二)は当審における予備的請求の一部にかかるものである)。
第一審原告繁、同善美については一人当り
(一) 前六の1の(三)記載(前同)合計一八四万三四一三円のうち一〇〇万円に対する相続(法定相続分各六分の一)による取得分一六万六六六七円
(二) 前六の2の(四)、(五)記載(前同)合計七八八万一〇八四円に対する右相続による取得分一三一万三五一四円
以上合計一四九万〇一八一円(前同)
なお、第一審原告慶治の損害賠償請求権は、前七の3項記載のとおり混同により消滅しているが、その場合に消滅した同請求権分だけの拡張を求める同原告繁、同善美の原審における予備的請求は理由がない。けだし、同原告慶治の混同による右請求権の消滅は、相続放棄とは異なり(民法九三九条参照)、その余の共同相続人の相続分に何ら消長をきたさないからである。
八結論
そうすると、第一審被告は、第一審原告美代子に対し四四四万〇五四二円、同繁、同善美に対しそれぞれ一四九万〇一八一円及び右各金員に対する本件事故後の昭和五五年八月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(保険会社の被害者に対する損害賠償債務は商法五一四条所定の商事債務に当らない。最高裁判所第二小法廷昭和五七年一月一九日判決、民集三六巻一号一頁参照)を支払うべき義務がある。したがつて、第一審原告美代子、同繁、同善美の本訴請求は、当審における予備的請求(亡勉の死亡による損害金)を含めて、右の認定の限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がなく棄却すべきである。
次に、第一審原告慶治の本訴請求は当審における予備的請求(前同)を含めていずれも理由がないから棄却を免れない。
そこで、第一審被告の控訴及び第一審原告美代子、同繁、同善美の当審における予備的請求に基づき、原判決中、右第一審原告三名の関係部分を前記の趣旨に変更し、また、第一審被告の控訴に基づいて同原告の請求(当審での予備的請求を含む)を棄却し、第一審原告らの本件各控訴を棄却することとする。
(上田次郎 広岡保 井関正裕)